Q1.労災の成立要件とはなんですか?

【弁護士の解答】

業務遂行性(事業主の指揮管理下にあること)と業務起因性(因果関係があること)の双方が必要です。

①業務遂行性とは、労働者が労働関係の下にあること、「労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態」をいいます。具体的には以下の3つに大別されます。

  • 1.事業主の支配下にあり、かつ管理下(施設管理)にあって業務に従事している場合。例えば、業務行為そのものを行っている場合だけではなく、作業中の用便・飲水等の生理的必要行為等も含まれる。
  • 2.事業主の支配下にあり、かつ、管理下にあるが、業務に従事していない場合。例えば、事業場内での休憩中や始業前・終業後の事業場内での行動等の事業場施設内で自由行動を許されている場合をいう。
  • 3.事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合。例えば、出張や営業の外回りなど、事業場外で業務に従事している場合をいう。

 

②業務起因性とは、判例及び行政実務上、「業務又は業務行為を含めて、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下になることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められること」と定義されている。

Q2.業務と傷病等の間にどの程度の関連性があれば業務起因性があるといえますか?

【弁護士の解答】

1 相当因果関係説が判例・実務である。
相当因果関係説とは、業務と傷病等との間に条件関係があることを前提として、かつ法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係があることを要するとの見解である。

労基法75条2項は、「・・・業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。」「とし、同法施行規則35条は、「法75条2項の規定による業務上の疾病は、別表第1の2に掲げる疾病とする」と規定している。
労働基準法施行規則別表1の2は通称「職業病リスト」とされ、これらに掲載された疾病に該当することが業務上疾病の認定要件とされている。


労働基準法施行規則別表第1の2はこちら (厚生労働省ホームページより抜粋)をご参考ください。

 

Q3.脳・心臓疾患(過労死)の業務起因性の判断基準とは?

【弁護士の解答】

【定義】

労災認定においては、過労死とは、「業務における過重な負荷による脳血管疾患もしくは心臓疾患を原因とする死亡」「業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡」をいう(過労死等防止対策推進法2条)。

 

【過労死の有無が争点化しやすい理由】

脳・心臓疾患は、基礎疾病、加齢、生活習慣など様々な要因が重なり合って発症するものであり、どのような場合に、業務と脳・心臓疾患との間に相当因果関係が認められるかが大きな問題になるからである。

 

【基準】

厚生労働省が、「血管病変などを著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(令和3年9月14日基発0914第1号)(「労災認定基準」)が策定されている。行政による業務起因性の判断は、この労災認定基準に基づいて行われている。労災認定基準は、脳・心臓疾患について、「業務による明らかな過重負荷が加わることによって血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し脳・心臓血管が発症する場合があり、そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は、その発症にあたって、業務が相対的に有力な原因であると判断し、業務に起因することの明らかな疾病として取り扱う」と規定し、脳・心臓疾患の業務起因性について基本指針を示している。

 

【対象疾病】

〈脳血管疾患〉
例:脳内出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧脳症
〈虚血性心疾患等〉
例:心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死含む。)、重篤な心不全、大動脈解離

 

【具体的な認定要件】

次の1、2、3の業務による明らかな荷重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務に起因する疾病として取り扱う。

①発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(以下「長期間の荷重業務」という。)に就労したこと。
・長期間の荷重業務とは、発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労した場合をいう。
・特に過重な業務とは、日常業務に比較して特に過重な身体的・精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいう。日常業務とは、通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同種労働者にとっても、特に過重な身体的・精神的負荷と認められる業務であるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断される。
・同種労働者とは、当該労働者と職種、職場における立場や職責、年齢、経験などが類似するものをいう。基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者も含む。
・発症前の長期間とは、発症前おおむね6か月間をいう。発症前おおむね6か月間より前の業務については就労実態を示す明確に評価できる資料があり、特に身体的・精神的負荷が認められる場合に、付加的要因として考慮する。
②発症に近接した時期において、特に過重な業務(以下「短期間の荷重業務」という)に就労したこと。
 
③発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(以下「異常な出来事」という)に遭遇したこと。
・脳・心臓疾患の業務起因性について、労災認定基準は、脳・心臓疾患が「明らかな荷重負荷」が加わったことに起因する場合には、業務起因性を認めるとする。
・過重負荷とは、医学的経験則に照らして、脳、心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷をいう。

 

Q4.労働災害認定手続きによって認定されるまでの流れや、平均所要時間は?

 

弁護士の解答
労災の請求があると、労働基準監督署の調査官は、労災認定をすべきか、給付額をいくらとするか等を調査し、労働基準監督署長が支給・不支給の決定を行います。

具体的な調査内容は、

  • ①災害の原因や状況等
  • ②被災労働者の職歴等
  • ③給与や勤務体系等の労働条件
  • ④就業規則・賃金規定・三六協定等の整備状況
  • ⑤業務の内容や労働の実態・労働時間等
  • ⑥事業場での組織体制や災害予防措置等
  • ⑦災害によって生じた傷病名や発症時期
  • ⑧被災労働者の健康に関する情報(健康診断結果、基礎疾患や既存疾患の有無等)
  • ⑨業務起因性の判断の基礎となる事実

等がある。

 

調査方法
調査官は、請求人、事業主、関係者、関係機関等に対して調査を実施する。具体的には、書類や資料の提出を求め、請求人本人や事業主、関係者等の面談や聞き取り、警察や消防等の関係機関、医師に対して意見照会等を行うことがある。
権限
1.労働基準監督署長は、労働者、特別加入者、受給者、請求人、使用者や労働保険事務組合等に対して報告・文書提出・出頭を命じることができる(労災法46条、47条)。同法違反には罰則が定められている(同法51条1号、53条1号、54条など)
2.当該事業所などに立ち入り、関係者への質問を行い帳簿書類その他の物件の検査をすることができる(労災法48条1項・立入り検査)
3.但しいずれの調査もあくまで任意であり、強制調査する権限はない。
標準処理期間
厚生労働省によれば、おおよそ1ヶ月から4ヶ月以内と定めているが、発症した疾病が脳、心臓疾患、精神障害等である場合や、事案が複雑な場合には、この期間を超えることもある。 進捗状況を知りたい場合には、労働基準監督署に問い合わせるのが相当である。

Q5.民法上の損害賠償請求と比較した場合、労災補償制度の特徴とは?

【弁護士の解答】

1.無過失責任主義
使用者に過失がなくても、労災によって生じた被災労働者の損害を補償する無過失責任主義がとられている。給付制限はあるが(労災法12条の2の2)、過失相殺もない。
2.補償対象となる損害が限定されている
物損及び慰謝料は補償対象外である。
3.定型的補償・損害の部分補償しかしない
被災労働者の損害全てが補償の対象ではない。
例:休業補償は平均賃金で算定された金額である(労基法76条、労災法8条)
  休業日数に応じた賃金全額が支給されない(労基法76条1項、労災法14条   1項等)

【参考条文】

 労働災害補償法

第8条 給付基礎日額は、労働基準法第十二条の平均賃金に相当する額とする。この場合において、同条第一項の平均賃金を算定すべき事由の発生した日は、前条第一項第一号から第三号までに規定する負傷若しくは死亡の原因である事故が発生した日又は診断によつて同項第一号から第三号までに規定する疾病の発生が確定した日(以下「算定事由発生日」という。)とする。
労働基準法第十二条の平均賃金に相当する額を給付基礎日額とすることが適当でないと認められるときは、前項の規定にかかわらず、厚生労働省令で定めるところによつて政府が算定する額を給付基礎日額とする。
前二項の規定にかかわらず、複数事業労働者の業務上の事由、複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする事由又は複数事業労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡により、当該複数事業労働者、その遺族その他厚生労働省令で定める者に対して保険給付を行う場合における給付基礎日額は、前二項に定めるところにより当該複数事業労働者を使用する事業ごとに算定した給付基礎日額に相当する額を合算した額を基礎として、厚生労働省令で定めるところによって政府が算定する額とする。
第14条 休業補償給付は、労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第四日目から支給するものとし、その額は、一日につき給付基礎日額の百分の六十に相当する額とする。ただし、労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため所定労働時間のうちその一部分についてのみ労働する日若しくは賃金が支払われる休暇(以下この項において「部分算定日」という。)又は複数事業労働者の部分算定日に係る休業補償給付の額は、給付基礎日額(第八条の二第二項第二号に定める額(以下この項において「最高限度額」という。)を給付基礎日額とすることとされている場合にあつては、同号の規定の適用がないものとした場合における給付基礎日額)から部分算定日に対して支払われる賃金の額を控除して得た額(当該控除して得た額が最高限度額を超える場合にあつては、最高限度額に相当する額)の百分の六十に相当する額とする。
休業補償給付を受ける労働者が同一の事由について厚生年金保険法(昭和二十九年法律第百十五号)の規定による障害厚生年金又は国民年金法(昭和三十四年法律第百四十一号)の規定による障害基礎年金を受けることができるときは、当該労働者に支給する休業補償給付の額は、前項の規定にかかわらず、同項の額に別表第一第一号から第三号までに規定する場合に応じ、それぞれ同表第一号から第三号までの政令で定める率のうち傷病補償年金について定める率を乗じて得た額(その額が政令で定める額を下回る場合には、当該政令で定める額)とする。

 

Q6.労災保険給付の請求人は誰?

【弁護士の解答】

  • 労災保険の請求人は、原則として被災労働者本人又はその遺族です。

Q7.労災保険給付はどこに請求する?

【弁護士の解答】

  • 請求人が被災労働者の勤務先(事業場)を管轄する労働基準監督署に労災請求用紙や添付書類を提出して行います。なお、療養(補償)給付の場合には、労災指定医療機関等に請求用紙を提出します。

Q8.労災請求に事業主が協力しない場合、どうしたらよいか?

【弁護士の解答】

事業主は請求人が労災請求するにあたって法令上の助力義務や証明協力義務を負います(労災規則23条)。したがって請求用紙への押印拒否など協力を拒むことは許されません。しかし実際には事業主が労災であることを否定して請求用紙の証明欄の作成を拒むことがある。

この場合でも、事業主が協力しない事情を労働基準監督署に説明すれば、請求用紙の事業主証明欄に記載がなくとも、労働基準監督署は請求を受理する。

 

【参考条文】

 労働者災害補償保険法施行規則

 (事業主の助力等)

第23条 保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。
事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。

 (事業主の意見申出)

第23条の2 事業主は、当該事業主の事業に係る業務災害、複数業務要因災害又は通勤災害に関する保険給付の請求について、所轄労働基準監督署長に意見を申し出ることができる。
前項の意見の申出は、次に掲げる事項を記載した書面を所轄労働基準監督署長に提出することにより行うものとする。
一 労働保険番号
二 事業主の氏名又は名称及び住所又は所在地
三 業務災害、複数業務要因災害又は通勤災害を被つた労働者の氏名及び生年月日
四 労働者の負傷若しくは発病又は死亡の年月日
五 事業主の意見

 

Q9.事業主が労災請求を代行すると言っていますが任せてよいか?

【弁護士の解答】

事業主が事実上代行することはある。しかしその場合でも請求用紙の記載内容(特に「災害の原因及び発生状況」欄)は確認すべきである。
仮に請求人の認識する事実と異なる記載がある場合には同記載が事実認定の資料となってしまい、労災認定や民法上の損害賠償請求で請求人に不利な認定がなされるおそれがある。

事実内容に相違がある場合、事業主に修正を求めることが考えられるが、応じない可能性もあるだろう。その際には、請求人は別途自分の認識や事業主に修正を求めた経緯やその顛末等を記載した書面を労働基準監督署に提出すべきである。その後に予定される労働基準監督署による調査の参考になるだろう。

Q10.労働災害保険給付の請求書には全部記載しないと労働基準監督署に受理されないのか?

【弁護士の解答】

いいえ。請求用紙の全ての欄の記載がなくとも受理することがあります。事業主の証明欄や労働保険番号欄は事業主の協力がなければ書くことができませんし、その余の事実関係も請求時点では明確になっていない点もありうる。労働基準監督署と受理してもらえるか協議しながら手続きを進めればよいです。

Q11.労災事件の損害賠償請求訴訟をした場合、弁護士費用は損害額に含まれるのか?

【弁護士の解答】

はい。実務上、労災事故等について、労働者が使用者に対してする安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求訴訟において弁護士費用を損害として認めており、概ね損害認容額の10%程度が事故と相当因果関係がある損害とされている。

この点、最高裁は、「労働者が使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額、その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである」とした(最高裁昭和41年(オ)第280号)(最二小判平成24年2月24日)

Q12.会社負担の忘年会での事故は労災の対象となるのか?

【弁護士の解答】

ケースバイケースです。

その忘年会が会社業務の一環であり、「業務遂行性(業務上の負傷・死亡)」と認められるかが争点です。

国・品川労基署長事件(東京地判平成27年1月21日)は、業務遂行性とは「労働者が現に業務ないしはこれに付随する一定の行為に従事している場合のみならず、現にこれらに従事していなくとも、労働関係上、事業主の支配下にあるものと認められる場合を含む」とした。

福井労基署長事件(名古屋高金沢支判昭和58年9月21日)は、使用者が主催して懇親会などの社会行事を行うことが事業運営上緊要なものと認められ、かつ、労働者に対して参加が強制されている場合に限り、労働者の社外行事への参加が業務行為になるとした。

まとめると、「業務上」と認定されるかは、

  • ①忘年会への出席を強制されていたかどうか
  • ②忘年会が事業運営上緊要なものといえるかどうか


が考慮要素となるといえます。

たとえば、単に慰労目的で、費用も会社負担ではないような忘年会の場合には、「業務遂行性」の認定は困難と考えられます。

Q13.休憩時間中の事故は労災の対象となるのか?

【弁護士の解答】

ケースバイケースです。

休憩時間中の負傷は、事業主の支配ないし管理下にあるが、業務に従事していないときの災害であり、「業務遂行性」は肯定できる。

しかし、飲水、用便等の生理的行為や歩行・移動行為などによる災害や、事業所施設の不備・欠陥によるものでない限り、「業務起因性(業務による負傷・死亡)」が否定される。

もっとも、佐賀労基署長事件(佐賀地判昭和57年11月5日)は、休憩時間中のハンドボールゲーム参加中の負傷を、その自主性を否定して会社の業務と密接な関連性を有する行為だとし、「業務起因性」を認めた。

  • したがって、休憩時間中の負傷であっても、休憩中の同僚らとの行動が、拘束性が強いものである場合には、「業務上」となることがある。